僕の先輩Mさんのこと(3)
- 2015/05/04
- 00:00
ドアが勢いよく開いて、Mさんが部屋に入ってきた。
僕を見て言われる。
「変わっていませんね。もちろん年は取ってはいるのですが、昔のままの雰囲気です」
Mさんと話し始めると、30年以上前の、昔の設計室のなかにいるような雰囲気になっていく。
ちょうどそれは、中学、高校を一緒に過ごした友達とは、何十年振りに会っても、すぐに昔の状態に戻ることができるのと同じだ。
Mさんにお会いする前の、ほんのすこしではあったが、僕のこころのなかの不安はすぐに消し飛んだ。
Mさんは今、見ておられるプロジェクトの話をされる。
それは国家プロジェクトで、本来であれば退任してもよいのであるが、このプロジェクトが終わるまでは、責任を持って見られるということだった。
それも後1年くらいと言われる。
Mさんは、本を一冊手に持っておられる。
それは数学の本だ。寺沢寛一先生の「自然科学者のための数学概論」である。
それも、結構年季の入った、古い版である。
本の装丁が大分弱ってきているが、歴史を感じさせる。
この本は、以前、このブログでもすこし触れた。
大学での試験(3)に写真がある。
いまでも、この本の数式を書いています、と言われる。
中を見させて頂くと、本のなかに細かい字で丁寧に数式の展開を書いておられる。
これは頭の体操です。
時々若い人とこの本の話をします。
数学の話です。
でも、トップがそこまで数学の式を書いておられると、若い人ものんびりできないですね。
数学概論の中に数式を書いている、社長さんは日本でも、おそらくMさんだけではないですか。
Mさんは、おだかやに笑っておられる。
ひとしきり、昔話に花を咲かせた後、そうだ、紹介しておきましょうと言って、後任のかたを部屋に呼び入れて、紹介していただいた。
僕と同僚が、表敬訪問と言いながらも、仕事で来ていることで、その手助けをされているのだ。
Mさんの暖かい心づくしがうれしかった。
結局、1時間位話し込んだ。
終わった後、お断りしたのだが、乗って行きなさいと言って、自分専用の車を回して頂き、短い距離ではあったが、車で駅まで送って頂いた。
車に乗り際に、もう一度お礼を言って、クッションの効いた後部座席に腰を沈めた。
車が走り出す。
Mさんと秘書のかたが、玄関で見送って頂いている。
僕は、そちらを向いて、再度お礼をした。
ご訪問した日のお礼メールを送った。すぐにMさんから返事をいただいた。
“……………………………………………
30数年ぶりに再会したとはいえ,XX君の容貌、語り口はまったく昔どおりで
懐かしく往時を思い出しました。
数学はいつまでたっても難解で奥が深いものですが、私なりに楽しんでやってます。
いまさらやっても何の実利はないわけですが、一つの式が導出できると妙に充実感が
湧いてくるので、それを楽しみに取り組んでます。
………………………………………………………….”
その後も、Mさんには、僕が担当していた学会の会誌に記事を書いて頂いたり、お世話になることがあった。
今度は、一緒に飲みましょうという約束だけは、未だに残ったままである。
しばらく時間が経ってしまったが、約束を果たすべく、一度連絡をとってみよう。
”数学概論”には後日談がある。
家に戻って、学生時代に買ったはずの本を捜した。
ところがいくら探しも見つからないのだ。
捨てるわけがないので、引越を続けている間に行方不明になったのか。
やむを得ず、注文することにした。
数日して配達された”数学概論”は、Mさんが持っていたのとは、版が違うが、まっさらの本で、まるで趣がない。
僕の”数学概論”が、Mさんがもっておられた本並みに、風格が出てくることはないかもしれない。
でも、たまには、本を開いて、眺めることにしよう。
きっと学生時代には、歯がたたなかった数学も、年の功で、多少は、僕のほうに寄り添ってくれるかもしれない。

僕を見て言われる。
「変わっていませんね。もちろん年は取ってはいるのですが、昔のままの雰囲気です」
Mさんと話し始めると、30年以上前の、昔の設計室のなかにいるような雰囲気になっていく。
ちょうどそれは、中学、高校を一緒に過ごした友達とは、何十年振りに会っても、すぐに昔の状態に戻ることができるのと同じだ。
Mさんにお会いする前の、ほんのすこしではあったが、僕のこころのなかの不安はすぐに消し飛んだ。
Mさんは今、見ておられるプロジェクトの話をされる。
それは国家プロジェクトで、本来であれば退任してもよいのであるが、このプロジェクトが終わるまでは、責任を持って見られるということだった。
それも後1年くらいと言われる。
Mさんは、本を一冊手に持っておられる。
それは数学の本だ。寺沢寛一先生の「自然科学者のための数学概論」である。
それも、結構年季の入った、古い版である。
本の装丁が大分弱ってきているが、歴史を感じさせる。
この本は、以前、このブログでもすこし触れた。
大学での試験(3)に写真がある。
いまでも、この本の数式を書いています、と言われる。
中を見させて頂くと、本のなかに細かい字で丁寧に数式の展開を書いておられる。
これは頭の体操です。
時々若い人とこの本の話をします。
数学の話です。
でも、トップがそこまで数学の式を書いておられると、若い人ものんびりできないですね。
数学概論の中に数式を書いている、社長さんは日本でも、おそらくMさんだけではないですか。
Mさんは、おだかやに笑っておられる。
ひとしきり、昔話に花を咲かせた後、そうだ、紹介しておきましょうと言って、後任のかたを部屋に呼び入れて、紹介していただいた。
僕と同僚が、表敬訪問と言いながらも、仕事で来ていることで、その手助けをされているのだ。
Mさんの暖かい心づくしがうれしかった。
結局、1時間位話し込んだ。
終わった後、お断りしたのだが、乗って行きなさいと言って、自分専用の車を回して頂き、短い距離ではあったが、車で駅まで送って頂いた。
車に乗り際に、もう一度お礼を言って、クッションの効いた後部座席に腰を沈めた。
車が走り出す。
Mさんと秘書のかたが、玄関で見送って頂いている。
僕は、そちらを向いて、再度お礼をした。
ご訪問した日のお礼メールを送った。すぐにMさんから返事をいただいた。
“……………………………………………
30数年ぶりに再会したとはいえ,XX君の容貌、語り口はまったく昔どおりで
懐かしく往時を思い出しました。
数学はいつまでたっても難解で奥が深いものですが、私なりに楽しんでやってます。
いまさらやっても何の実利はないわけですが、一つの式が導出できると妙に充実感が
湧いてくるので、それを楽しみに取り組んでます。
………………………………………………………….”
その後も、Mさんには、僕が担当していた学会の会誌に記事を書いて頂いたり、お世話になることがあった。
今度は、一緒に飲みましょうという約束だけは、未だに残ったままである。
しばらく時間が経ってしまったが、約束を果たすべく、一度連絡をとってみよう。
”数学概論”には後日談がある。
家に戻って、学生時代に買ったはずの本を捜した。
ところがいくら探しも見つからないのだ。
捨てるわけがないので、引越を続けている間に行方不明になったのか。
やむを得ず、注文することにした。
数日して配達された”数学概論”は、Mさんが持っていたのとは、版が違うが、まっさらの本で、まるで趣がない。
僕の”数学概論”が、Mさんがもっておられた本並みに、風格が出てくることはないかもしれない。
でも、たまには、本を開いて、眺めることにしよう。
きっと学生時代には、歯がたたなかった数学も、年の功で、多少は、僕のほうに寄り添ってくれるかもしれない。
