喪中欠礼
- 2015/05/24
- 00:00
11月の終わりくらいから、毎年喪中欠礼の葉書が来る。
毎年、年賀状のやりとりをしている方からの葉書である。
今年は、身内に不幸があったので、年賀状は送らないことを伝えるものだ。
その葉書には、亡くなった方との関係、お名前、年齢が書かれていることが一般的だ。
親しい人もいれば、年に1回だけの年賀状の交換だけで、ちょうど、年金の生存証明のようやりとりという場合もある。
もちろん葉書の発信人は、年賀状の送り先である。
ところが、昨年はじめてもらったのが、奥さんからの喪中欠礼の葉書だった。
ご主人が亡くなられたのだ。
ご主人というのは、僕が年賀状のやりとりをしていた、大学同期、同じクラブにいた友人だ。
住んでいるところも離れていて、仕事の関係もなく、年1回の連絡だけだった。
それでも、学生のときの密度の濃いつきあいがあったので、お互いに元気でやっているぞというメッセージが年1回の葉書でも、分かっていた。
つらい葉書だった。
同じように、葉書をもらったときに、しばらく考えさせられることがあった。
初めの喪中欠礼の葉書の後に来た、2通目の喪中欠礼である。
発信人は、僕が年賀状をやりとりしていた本人である。
その方とも年1回だけの連絡だった。
僕がはじめに仕事をしていた会社で、英語の合宿研修で一緒になった間柄だ。
同じ会社と言っても、わずか数週間だけのつきあいだったが、なぜかうまがあって、研修が終わった後も、年賀状だけはやりとりをしていた。
喪中欠礼には、娘さんが亡くなられたとあった。
娘さんと言っても、30代である。
まだまだこれからやりたいこともたくさんあったろうに。
父親からすると、子供に先に逝かれた悲しみはいかほどなものであったか。
その葉書は、印刷された文字だけが、書かれていたが、その中から、彼の思いが伝わってきた。
与えられた命は、しっかりと使わなければという思いを強くした。

毎年、年賀状のやりとりをしている方からの葉書である。
今年は、身内に不幸があったので、年賀状は送らないことを伝えるものだ。
その葉書には、亡くなった方との関係、お名前、年齢が書かれていることが一般的だ。
親しい人もいれば、年に1回だけの年賀状の交換だけで、ちょうど、年金の生存証明のようやりとりという場合もある。
もちろん葉書の発信人は、年賀状の送り先である。
ところが、昨年はじめてもらったのが、奥さんからの喪中欠礼の葉書だった。
ご主人が亡くなられたのだ。
ご主人というのは、僕が年賀状のやりとりをしていた、大学同期、同じクラブにいた友人だ。
住んでいるところも離れていて、仕事の関係もなく、年1回の連絡だけだった。
それでも、学生のときの密度の濃いつきあいがあったので、お互いに元気でやっているぞというメッセージが年1回の葉書でも、分かっていた。
つらい葉書だった。
同じように、葉書をもらったときに、しばらく考えさせられることがあった。
初めの喪中欠礼の葉書の後に来た、2通目の喪中欠礼である。
発信人は、僕が年賀状をやりとりしていた本人である。
その方とも年1回だけの連絡だった。
僕がはじめに仕事をしていた会社で、英語の合宿研修で一緒になった間柄だ。
同じ会社と言っても、わずか数週間だけのつきあいだったが、なぜかうまがあって、研修が終わった後も、年賀状だけはやりとりをしていた。
喪中欠礼には、娘さんが亡くなられたとあった。
娘さんと言っても、30代である。
まだまだこれからやりたいこともたくさんあったろうに。
父親からすると、子供に先に逝かれた悲しみはいかほどなものであったか。
その葉書は、印刷された文字だけが、書かれていたが、その中から、彼の思いが伝わってきた。
与えられた命は、しっかりと使わなければという思いを強くした。
