トイレの話
- 2015/07/06
- 00:00
昔、禁煙がまだ珍しい頃、禁煙手当が出ている企業があった。
喫煙する人が、たばこを吸っている時間は休憩しているようなもので、その時間は、労働時間に入れるべきではないという過激な意見もあった。
それに比べると、喫煙していない人は、時間を有効に使っている、その分、手当を出してもよいのではないかという論理もある。
もちろん喫煙していない人は、喫煙している人に比べ、一般的に健康であるということから、健康保険で使う金額も少ない、よって手当を出してもよいという理由もあるだろう。
勤務時間だけを考えると、喫煙だけではなく、トイレ時間というのもある。
人によっては、勤務時間帯に随分トイレの中で、思考しているということもある。
僕は、会社では滅多にトイレの個室に入ることはないのだけど、用を足しに入ると、個室に人が入っていることが多いような気がする。
これは次々にいろいろな人が、入れ替わりで入っているのかもしれないが、長い時間、座りながら沈思黙考している人もいるはずだ。
以前、製造業で設計職をしているときだった。
20代の頃だ。
当時は、ただの担当員である。
上司に係長がいて、その上に課長、さらに部長がいる。
大部屋にいるので、部長、課長、係長、すべての姿がすぐに分かる。
あるとき、部長が係長に話をするために、僕たちの課にやってきた。
生憎、係長がいない。
係長はどこだ、と部長は言う。
僕の数年後輩の同僚も知らない。
すぐ部長室に来るように言ってくれ、と部長が立ち去った。
部長室と言っても、部屋の仕切りはない。
大部屋である。
部長席は僕たちの課のすぐ隣にあるので、気軽に部長がやってくるのである。
とくに部長は、係長と以前、同じ課にいたこともあり、親しく直接会話をしているところをよく目にしていた。
当時は、携帯もないので、居所がすぐには分からない。
と言っても、仕事で行く場所は限られている。
工場の中にある設計部署なので、社外に行っているはずはない。
僕は、後輩と一緒に係長が行きそうなところにまわってみた。
せいぜい同じ設計ビルの中の関連部署で、打ち合わせをしているくらいだ。
行きそうなところを後輩と二人、片っ端から見て回った。
でも見つからない。
後輩に言った。
もしかしたら、トイレかも。
二人でトイレに行く。
男性用トイレには、小便器が5つ。
個室が3つある。
個室のひとつが使用中だ。
と言っても、中にいる人に声をかけるわけにもいかない。
個室の中からは、もちろん声は聞こえない。
気張っている様子もない。
しばらく後輩とトイレの中にいたが、出てくる気配がないので、また席に戻った。
部長は、部長席で書類を見たり、電話をかけたりしている。
ときどき、こちらの係長の席に視線を送る。
まだ帰っていないのか、という視線だ。
部長からの指示を受けているからには、何かそれに対応しないといけない。
仕方なく、こちらも努力していることを示すために、部長席に行った。
あちこち確認しましたが、係長はどこに行っているか,分かりません、と回答する。
部長は、そうか、と憮然としている。
自席に戻って、後輩と、やはりあのトイレがくさいという結論になった。
以前から係長は、長時間朝のトイレを会社でしていることがあった。
意を決して、再度後輩とトイレに行くことにした。
トイレの中に入ると、個室は先ほど使用中のところが、依然としてふさがっている。
後輩が、係長の名前を呼ぶ。
部長が呼んでいます、と叫んだ。
もちろん、トイレの中には、後輩と僕、そして個室のなかのもう一人の3人だけだ。
後輩の呼びかけにも、個室のなかの人からは、なにも返事がない。
しいんと静まりかえるトイレ。
仕方なく、後輩とふたり、自席に戻り、仕事を再開した。
部長席を見ると、部長は会議にでも入ったのか、姿がない。
それからしばらくして、係長が席に戻ってきた。
後輩が、係長どこに行っていたのですか、とずけずけと聞いた。
トイレまで見に行ったのですよ。
それに対して、係長の答えは
「トイレの中から、返事なんかできるか」
というものだった。
確かに、そうだね。
いくら部長からの呼び出しても、トイレの個室の中からは返事はできないか。
のんびりしていた時代だったのだろう。
ゆったりと時間が過ぎていくことが多かったのだろうね。
IT系の企業に移ってからは、そんなことはなかった。
いまでは、携帯もあるので、どこにいてもすぐに呼び出しをかけられるからね。
でも、やはりトイレの個室のなかで携帯が鳴っても、返事はできないね。

喫煙する人が、たばこを吸っている時間は休憩しているようなもので、その時間は、労働時間に入れるべきではないという過激な意見もあった。
それに比べると、喫煙していない人は、時間を有効に使っている、その分、手当を出してもよいのではないかという論理もある。
もちろん喫煙していない人は、喫煙している人に比べ、一般的に健康であるということから、健康保険で使う金額も少ない、よって手当を出してもよいという理由もあるだろう。
勤務時間だけを考えると、喫煙だけではなく、トイレ時間というのもある。
人によっては、勤務時間帯に随分トイレの中で、思考しているということもある。
僕は、会社では滅多にトイレの個室に入ることはないのだけど、用を足しに入ると、個室に人が入っていることが多いような気がする。
これは次々にいろいろな人が、入れ替わりで入っているのかもしれないが、長い時間、座りながら沈思黙考している人もいるはずだ。
以前、製造業で設計職をしているときだった。
20代の頃だ。
当時は、ただの担当員である。
上司に係長がいて、その上に課長、さらに部長がいる。
大部屋にいるので、部長、課長、係長、すべての姿がすぐに分かる。
あるとき、部長が係長に話をするために、僕たちの課にやってきた。
生憎、係長がいない。
係長はどこだ、と部長は言う。
僕の数年後輩の同僚も知らない。
すぐ部長室に来るように言ってくれ、と部長が立ち去った。
部長室と言っても、部屋の仕切りはない。
大部屋である。
部長席は僕たちの課のすぐ隣にあるので、気軽に部長がやってくるのである。
とくに部長は、係長と以前、同じ課にいたこともあり、親しく直接会話をしているところをよく目にしていた。
当時は、携帯もないので、居所がすぐには分からない。
と言っても、仕事で行く場所は限られている。
工場の中にある設計部署なので、社外に行っているはずはない。
僕は、後輩と一緒に係長が行きそうなところにまわってみた。
せいぜい同じ設計ビルの中の関連部署で、打ち合わせをしているくらいだ。
行きそうなところを後輩と二人、片っ端から見て回った。
でも見つからない。
後輩に言った。
もしかしたら、トイレかも。
二人でトイレに行く。
男性用トイレには、小便器が5つ。
個室が3つある。
個室のひとつが使用中だ。
と言っても、中にいる人に声をかけるわけにもいかない。
個室の中からは、もちろん声は聞こえない。
気張っている様子もない。
しばらく後輩とトイレの中にいたが、出てくる気配がないので、また席に戻った。
部長は、部長席で書類を見たり、電話をかけたりしている。
ときどき、こちらの係長の席に視線を送る。
まだ帰っていないのか、という視線だ。
部長からの指示を受けているからには、何かそれに対応しないといけない。
仕方なく、こちらも努力していることを示すために、部長席に行った。
あちこち確認しましたが、係長はどこに行っているか,分かりません、と回答する。
部長は、そうか、と憮然としている。
自席に戻って、後輩と、やはりあのトイレがくさいという結論になった。
以前から係長は、長時間朝のトイレを会社でしていることがあった。
意を決して、再度後輩とトイレに行くことにした。
トイレの中に入ると、個室は先ほど使用中のところが、依然としてふさがっている。
後輩が、係長の名前を呼ぶ。
部長が呼んでいます、と叫んだ。
もちろん、トイレの中には、後輩と僕、そして個室のなかのもう一人の3人だけだ。
後輩の呼びかけにも、個室のなかの人からは、なにも返事がない。
しいんと静まりかえるトイレ。
仕方なく、後輩とふたり、自席に戻り、仕事を再開した。
部長席を見ると、部長は会議にでも入ったのか、姿がない。
それからしばらくして、係長が席に戻ってきた。
後輩が、係長どこに行っていたのですか、とずけずけと聞いた。
トイレまで見に行ったのですよ。
それに対して、係長の答えは
「トイレの中から、返事なんかできるか」
というものだった。
確かに、そうだね。
いくら部長からの呼び出しても、トイレの個室の中からは返事はできないか。
のんびりしていた時代だったのだろう。
ゆったりと時間が過ぎていくことが多かったのだろうね。
IT系の企業に移ってからは、そんなことはなかった。
いまでは、携帯もあるので、どこにいてもすぐに呼び出しをかけられるからね。
でも、やはりトイレの個室のなかで携帯が鳴っても、返事はできないね。
