骨を折る(2)
- 2015/10/12
- 00:00
足の骨を折った日は、連休の最後の日だった。
低い段差のあるところで足を踏み外した。
ちょうど右足が足首を起点に90度曲がったように、ひねったのである。
捻挫をしたと思った。
捻挫のすこしひどい部類のものだろうと考えた。
いままでも、こういうことはよく経験していた。
階段がもう一段あるのに、地面に着いたと思って、足を踏み外す、そういう事故だ。
ただ、こういう怪我は、初日には腫れていなくても、翌日の朝になると患部が大きく腫れる事が多い。
そのときも翌日、仕事に行くときに靴がはけなくなることを心配した。
実際、その怪我をした直後は、足を引きずりながらも歩くことができた。
翌朝起きると、どうだろう。
どうも気にするほどではない。
足に違和感があるが、ゆっくりと歩くことはできる。
足を見ると、腫れていることもない。
これだったら靴も履ける。
オフィスに出かけるのに、その日の予定によっては、電車ではなく、車で出かけることも多かった。
その日も、車で行くことにしていた。
靴も履けるので、車に乗ることもできる。
右足の怪我なので、運転に支障がありそうだが、アクセルを踏むのも、ブレーキペダルを踏むこともできる。
いつもなら、かかとを固定して、足を上下に動かすという動作になるが、さすがにそのような動きは取れないので、かかとをあげたまま、足全体を前後に動かすことになる。
膝から足先までは、いつも同じ形にして、動かすのである。
午後からは、ちょうど病院に行くことになっていた。
でかけた病院は、総合病院である。
当初の目的を済ませて、帰ろうと思ったとき、整形外科の表示が目に入った。
一応診てもらったほうがいいだろうと、診察を依頼した。
しばらく待った後、診察室に入る。
朝から杖代わりにしていた長い傘を持って、整形外科の先生に会う。
なにがあったかを説明する。
靴を脱いで患部を診てもらう。
簡単に先生が言う。
「骨折ですね」
口には出なかったが、嘘でしょうという言葉が出そうになった。
こんな怪我は、いままで自慢ではないが、何回か経験している。
いつも捻挫だった。
ひどいときは、近所の外科に行って診てもらった。
そのときの痛さは今回の比ではなかった。
両腕でのっかかるようにして使う松葉杖も病院から借りたくらいだった。
それでも、捻挫だった。
骨折ではない。
今回の総合病院の先生は、30代の若い医師だ。
見立てに間違いがあるのではないかと、一瞬思った。
「レントゲンを撮りましょう」と若い医師は言う。
レントゲン室に看護士さんに案内される。
レントゲン写真は、すぐにでき上がる。
再び診察室に入る。
「ここですね。この足の骨が折れています」とレントゲン写真を指さして、先生は説明される。
なるほど、確かに骨折の箇所を示す白い線が見える。
治療法をスケジュールとともに話される。
ギブスで固定すること。
ギブスは、1ヶ月すること。
完治までは1ヶ月半かかること。
まるで、仕事の予定表を作るがごとくだ。
外科の仕事は、現場主義である。
患者を診て、レントゲン写真を見て、自分の経験とつきあわせて、治療法を決め、完治までの期間まで推定していく。
きっと僕のかかった先生は、優秀な外科医なのだろう。
総合病院であるから、外来患者に対する対応は、曜日によって変わる。
この先生にあたったことはラッキーだったと言えるだろう。
でもギブスを1ヶ月もするのか。
ギブスは患部を動かさないためのものである。
僕がつけられたギブスは、ちょうど膝まである大きな長靴のようなものだ。
足首はもちろんのこと、太ももまでが固定されている。
外科の治療というのは、特に骨に関するものは、患部を動かさないことになるので、こうなってしまう。
じっとしている分には痛くもかゆくもない。
どこかにぶつければさすがに激痛が走るだろうが、それに対しても、ギブスが保護してくれている。
歩くことは、のそりのそりである。
両腕で使う杖を、病院で借りて帰る。
来るときよりも、歩く速度が遅くなっている。
気になることは、入浴だ。
「風呂に入れないのですか」と尋ねると、ギブスをつけてくれた看護士さんは、「そうですね」と答える。
時は5月。
これから1ヶ月も風呂には入れない、ということはあり得ないことだ。
体だけを拭くということになるのだろうか。
ということを考えながら、車で病院を引き上げた。
(つづく)

低い段差のあるところで足を踏み外した。
ちょうど右足が足首を起点に90度曲がったように、ひねったのである。
捻挫をしたと思った。
捻挫のすこしひどい部類のものだろうと考えた。
いままでも、こういうことはよく経験していた。
階段がもう一段あるのに、地面に着いたと思って、足を踏み外す、そういう事故だ。
ただ、こういう怪我は、初日には腫れていなくても、翌日の朝になると患部が大きく腫れる事が多い。
そのときも翌日、仕事に行くときに靴がはけなくなることを心配した。
実際、その怪我をした直後は、足を引きずりながらも歩くことができた。
翌朝起きると、どうだろう。
どうも気にするほどではない。
足に違和感があるが、ゆっくりと歩くことはできる。
足を見ると、腫れていることもない。
これだったら靴も履ける。
オフィスに出かけるのに、その日の予定によっては、電車ではなく、車で出かけることも多かった。
その日も、車で行くことにしていた。
靴も履けるので、車に乗ることもできる。
右足の怪我なので、運転に支障がありそうだが、アクセルを踏むのも、ブレーキペダルを踏むこともできる。
いつもなら、かかとを固定して、足を上下に動かすという動作になるが、さすがにそのような動きは取れないので、かかとをあげたまま、足全体を前後に動かすことになる。
膝から足先までは、いつも同じ形にして、動かすのである。
午後からは、ちょうど病院に行くことになっていた。
でかけた病院は、総合病院である。
当初の目的を済ませて、帰ろうと思ったとき、整形外科の表示が目に入った。
一応診てもらったほうがいいだろうと、診察を依頼した。
しばらく待った後、診察室に入る。
朝から杖代わりにしていた長い傘を持って、整形外科の先生に会う。
なにがあったかを説明する。
靴を脱いで患部を診てもらう。
簡単に先生が言う。
「骨折ですね」
口には出なかったが、嘘でしょうという言葉が出そうになった。
こんな怪我は、いままで自慢ではないが、何回か経験している。
いつも捻挫だった。
ひどいときは、近所の外科に行って診てもらった。
そのときの痛さは今回の比ではなかった。
両腕でのっかかるようにして使う松葉杖も病院から借りたくらいだった。
それでも、捻挫だった。
骨折ではない。
今回の総合病院の先生は、30代の若い医師だ。
見立てに間違いがあるのではないかと、一瞬思った。
「レントゲンを撮りましょう」と若い医師は言う。
レントゲン室に看護士さんに案内される。
レントゲン写真は、すぐにでき上がる。
再び診察室に入る。
「ここですね。この足の骨が折れています」とレントゲン写真を指さして、先生は説明される。
なるほど、確かに骨折の箇所を示す白い線が見える。
治療法をスケジュールとともに話される。
ギブスで固定すること。
ギブスは、1ヶ月すること。
完治までは1ヶ月半かかること。
まるで、仕事の予定表を作るがごとくだ。
外科の仕事は、現場主義である。
患者を診て、レントゲン写真を見て、自分の経験とつきあわせて、治療法を決め、完治までの期間まで推定していく。
きっと僕のかかった先生は、優秀な外科医なのだろう。
総合病院であるから、外来患者に対する対応は、曜日によって変わる。
この先生にあたったことはラッキーだったと言えるだろう。
でもギブスを1ヶ月もするのか。
ギブスは患部を動かさないためのものである。
僕がつけられたギブスは、ちょうど膝まである大きな長靴のようなものだ。
足首はもちろんのこと、太ももまでが固定されている。
外科の治療というのは、特に骨に関するものは、患部を動かさないことになるので、こうなってしまう。
じっとしている分には痛くもかゆくもない。
どこかにぶつければさすがに激痛が走るだろうが、それに対しても、ギブスが保護してくれている。
歩くことは、のそりのそりである。
両腕で使う杖を、病院で借りて帰る。
来るときよりも、歩く速度が遅くなっている。
気になることは、入浴だ。
「風呂に入れないのですか」と尋ねると、ギブスをつけてくれた看護士さんは、「そうですね」と答える。
時は5月。
これから1ヶ月も風呂には入れない、ということはあり得ないことだ。
体だけを拭くということになるのだろうか。
ということを考えながら、車で病院を引き上げた。
(つづく)
