マッサンの余市に行く(1)
- 2015/11/08
- 00:00
講演会もその後の行事も全て終わり、今日は夕方の便で関西に戻るだけである。
飛行機の出発までの時間を、どう過ごすか。
東北ではその土地の歴史上の人物の記念館を尋ねることが多かった。
その土地で新しい人に出会う。
名前だけを知っていたが、それをきっかけに、もっと知りたくなり、本を読んだり、WEBで調べたりする。
新渡戸稲造、上杉鷹山、柳田國男、白瀬中尉、、、、、
今回は北海道だ。
といってもそのごく一部の札幌だ。
昨日一緒に仕事をした札幌の方は、「札幌だけは北海道の中でも全く別の街」だと言う。
確かに人も多い、車も多い。
一歩札幌を出ると、人も少ない。車の数も大胆に減るのである。
生憎体調も良くなかった。
1週間以上前にひいた風邪が抜けきらない。
北海道の寒さで、咳がまた戻って来てしまった。
できるだけ楽に過ごしたい。
といっても、空港で6時間も時間を過ごすのは無理がある。
そこで、マッサンの余市に行くことにした。
余市は、小樽の先にある。
JRでいけばよいのだが、適当な列車がなかったので、バスにした。
小樽経由で余市まで行く。
バスの終点はさらに先の方だが、余市駅前に行くので、問題ない。
ただ、乗ってみて気がついたのだが、このバスは観光バスの規模であるが、実質は路線バスである。
小樽の手前までは高速道路を走るが、小樽からは地道を走る。
家の近所で降りたり、乗ってくる乗客が随分と多い。
観光客は少ない。
余市には去年はきっともっと多くの観光客が来ていたのだろう。
ニッカウヰスキーの工場は、余市駅から徒歩数分のところにある。
ガイドなしで入る場合は、無料だ。
確かにサントリーのビール工場に行ったときも、無料だった。
ただ、団体で事前申請をしていたはずだ。
ここ余市では、いきなり尋ねても、無料でそのまま入ることができる。
工場の中は、しっかりと観光用にルートが用意されている。
マッサンとリタの住居も移築して、この工場のなかにある。
テレビの印象が強いが、そのイメージと同じ光景が作られている。
テレビがここからイメージを取ったのだろう。
同じ印象を持つのは、当然のことではある。
こういうところでは年表的な解説が好きだ。
時代ごとにやってきたことを読んで行くうちに、登場人物の息づかいが聞こえてくる。
ニッカウヰスキーの創業者のことを書いてあるので、否定的な事、暗かった部分ということは、あまり書いていない。
それでも竹鶴政孝さんのやり遂げた事は、たいしたものである。
スコットランドに単身で渡り、ウィスキー作りを学ぶということは、当時の時代を考えると、とてつもなく勇気が必要だったと思う。
そういうチャンスを与えられたことも幸運だったのだが、それも与えられる運命を引き寄せる力があったのだろう。
そしてその与えられたチャンスを夢に変え、実現した。
テレビの中で、マッサンがウィスキーの研究に寝食を忘れて没頭している。
同僚から、寝なくても大丈夫ですか、と声をかけられる。
マッサンは答える。
「これで日本を変えられるというときに、寝ていられるか」
この言葉が僕のなかでは、一番印象深く残っている。
札幌発のバスが高速道路を降りて、小樽に向かう。

小樽は、日本海に面している。
海の波も荒い。

小樽駅。
季節は冬の入口。寒い。

余市駅に到着。

余市駅のすぐ近くに、ニッカウヰスキーの工場がある。

いよいよ工場の中に入る。

(つづく)
飛行機の出発までの時間を、どう過ごすか。
東北ではその土地の歴史上の人物の記念館を尋ねることが多かった。
その土地で新しい人に出会う。
名前だけを知っていたが、それをきっかけに、もっと知りたくなり、本を読んだり、WEBで調べたりする。
新渡戸稲造、上杉鷹山、柳田國男、白瀬中尉、、、、、
今回は北海道だ。
といってもそのごく一部の札幌だ。
昨日一緒に仕事をした札幌の方は、「札幌だけは北海道の中でも全く別の街」だと言う。
確かに人も多い、車も多い。
一歩札幌を出ると、人も少ない。車の数も大胆に減るのである。
生憎体調も良くなかった。
1週間以上前にひいた風邪が抜けきらない。
北海道の寒さで、咳がまた戻って来てしまった。
できるだけ楽に過ごしたい。
といっても、空港で6時間も時間を過ごすのは無理がある。
そこで、マッサンの余市に行くことにした。
余市は、小樽の先にある。
JRでいけばよいのだが、適当な列車がなかったので、バスにした。
小樽経由で余市まで行く。
バスの終点はさらに先の方だが、余市駅前に行くので、問題ない。
ただ、乗ってみて気がついたのだが、このバスは観光バスの規模であるが、実質は路線バスである。
小樽の手前までは高速道路を走るが、小樽からは地道を走る。
家の近所で降りたり、乗ってくる乗客が随分と多い。
観光客は少ない。
余市には去年はきっともっと多くの観光客が来ていたのだろう。
ニッカウヰスキーの工場は、余市駅から徒歩数分のところにある。
ガイドなしで入る場合は、無料だ。
確かにサントリーのビール工場に行ったときも、無料だった。
ただ、団体で事前申請をしていたはずだ。
ここ余市では、いきなり尋ねても、無料でそのまま入ることができる。
工場の中は、しっかりと観光用にルートが用意されている。
マッサンとリタの住居も移築して、この工場のなかにある。
テレビの印象が強いが、そのイメージと同じ光景が作られている。
テレビがここからイメージを取ったのだろう。
同じ印象を持つのは、当然のことではある。
こういうところでは年表的な解説が好きだ。
時代ごとにやってきたことを読んで行くうちに、登場人物の息づかいが聞こえてくる。
ニッカウヰスキーの創業者のことを書いてあるので、否定的な事、暗かった部分ということは、あまり書いていない。
それでも竹鶴政孝さんのやり遂げた事は、たいしたものである。
スコットランドに単身で渡り、ウィスキー作りを学ぶということは、当時の時代を考えると、とてつもなく勇気が必要だったと思う。
そういうチャンスを与えられたことも幸運だったのだが、それも与えられる運命を引き寄せる力があったのだろう。
そしてその与えられたチャンスを夢に変え、実現した。
テレビの中で、マッサンがウィスキーの研究に寝食を忘れて没頭している。
同僚から、寝なくても大丈夫ですか、と声をかけられる。
マッサンは答える。
「これで日本を変えられるというときに、寝ていられるか」
この言葉が僕のなかでは、一番印象深く残っている。
札幌発のバスが高速道路を降りて、小樽に向かう。

小樽は、日本海に面している。
海の波も荒い。

小樽駅。
季節は冬の入口。寒い。

余市駅に到着。

余市駅のすぐ近くに、ニッカウヰスキーの工場がある。

いよいよ工場の中に入る。

(つづく)