先生の質問に挙手
- 2016/02/14
- 00:00
僕が初めて仕事をしたのは、造船会社の設計部門である。
大学を出て仕事を始めるときに、学生時代に勉強してきたことが使える部門と、それほど使えない部門があるとすると、僕の配属された部署は、使える部門だと言われていた。
随分景気がよくなり始めたときだったのか、同じ部門に13名の新人が配属された。
新人がこれから配属される課に行く前に、部門のなかの引き渡しの会合のようなものがあった。
それぞれの課長が自分の課の仕事を説明する。
僕の配属された課の課長が説明する、ひとつ前の課の課長の話は、うちの課は、新しいことを開発する部門であり、大学でやってきたことはほとんど使えない、新しいことに積極的にチャレンジして欲しい、というものだった。
それを受けて、僕にとっての初めての上司とも言える課長は、うちの課は、大学でやってきたことがそのまま使えることが多いという説明をするではないか。
正直、不真面目な学生だった僕にとっては、まずいところに配属されたというのが第一印象だった。
配属された課には10名くらいの先輩がいた。
当時は、毎年新人が配属されていたので、前年に入社した先輩もいたが、社歴が20年以上、課長よりも古株の人もおられた。
だが、ほとんどの人は、今思えば優しい人達だった。
唯一当時は係長だった方が、仕事の立場上からか、大変厳しい表情を見せていた。
僕の隣の机には、5年くらい先輩の方が座っていた。
体格もいい、太っ腹な方だった。
物事にも全く動じることがない。
僕にいつも仕事を教えていただいた先輩である。
ある日、大きな図面机に図面を広げて、電卓を叩いていると、突然その隣の先輩が、右手を挙げるではないか。
それも、伸ばした腕が90度上に向いているのではなく、水平な位置から30度くらい上にあげたような形だ。
「どうしたのですか。Tさん」と思わず聞いた。
すると、Tさんは答える。
「小学校のときにあるやろ。先生から質問が出て、分かる人と先生が聞く。教室の生徒は一斉に手を挙げる。そのときに、答えに自信がないから、あてられると困る。でも、手を挙げないのは、みんなが挙げているので、自分だけ分からないことが、ばれるのはまずい。
分からないことはばれたくないから、そっと手を挙げる。
あてられんようにな。
それで手は斜め前に恥ずかしそうに挙げるというわけや」
「はぁ、そういうこともあるのは分かりますが、なぜ今、突然それなのですか」
僕は、何の前触れもなく、あてられたくない挙手の説明を聞いて、唖然とするだけだ。
「別に理由は、あらへん。ただ、そうことを思い出しただけや」
Tさんの説明は、説明にもなっていないが、豪快なTさんらしい行動だと思った。
Tさんとは、僕が転職してから長い間会っていなかったが、あるとき造船部門が別会社になり、その社長に就任したことを知った。
あの豪快で太っ腹なTさんを思い出すと、そのポジションは、Tさんにふさわしいと納得したものだ。

大学を出て仕事を始めるときに、学生時代に勉強してきたことが使える部門と、それほど使えない部門があるとすると、僕の配属された部署は、使える部門だと言われていた。
随分景気がよくなり始めたときだったのか、同じ部門に13名の新人が配属された。
新人がこれから配属される課に行く前に、部門のなかの引き渡しの会合のようなものがあった。
それぞれの課長が自分の課の仕事を説明する。
僕の配属された課の課長が説明する、ひとつ前の課の課長の話は、うちの課は、新しいことを開発する部門であり、大学でやってきたことはほとんど使えない、新しいことに積極的にチャレンジして欲しい、というものだった。
それを受けて、僕にとっての初めての上司とも言える課長は、うちの課は、大学でやってきたことがそのまま使えることが多いという説明をするではないか。
正直、不真面目な学生だった僕にとっては、まずいところに配属されたというのが第一印象だった。
配属された課には10名くらいの先輩がいた。
当時は、毎年新人が配属されていたので、前年に入社した先輩もいたが、社歴が20年以上、課長よりも古株の人もおられた。
だが、ほとんどの人は、今思えば優しい人達だった。
唯一当時は係長だった方が、仕事の立場上からか、大変厳しい表情を見せていた。
僕の隣の机には、5年くらい先輩の方が座っていた。
体格もいい、太っ腹な方だった。
物事にも全く動じることがない。
僕にいつも仕事を教えていただいた先輩である。
ある日、大きな図面机に図面を広げて、電卓を叩いていると、突然その隣の先輩が、右手を挙げるではないか。
それも、伸ばした腕が90度上に向いているのではなく、水平な位置から30度くらい上にあげたような形だ。
「どうしたのですか。Tさん」と思わず聞いた。
すると、Tさんは答える。
「小学校のときにあるやろ。先生から質問が出て、分かる人と先生が聞く。教室の生徒は一斉に手を挙げる。そのときに、答えに自信がないから、あてられると困る。でも、手を挙げないのは、みんなが挙げているので、自分だけ分からないことが、ばれるのはまずい。
分からないことはばれたくないから、そっと手を挙げる。
あてられんようにな。
それで手は斜め前に恥ずかしそうに挙げるというわけや」
「はぁ、そういうこともあるのは分かりますが、なぜ今、突然それなのですか」
僕は、何の前触れもなく、あてられたくない挙手の説明を聞いて、唖然とするだけだ。
「別に理由は、あらへん。ただ、そうことを思い出しただけや」
Tさんの説明は、説明にもなっていないが、豪快なTさんらしい行動だと思った。
Tさんとは、僕が転職してから長い間会っていなかったが、あるとき造船部門が別会社になり、その社長に就任したことを知った。
あの豪快で太っ腹なTさんを思い出すと、そのポジションは、Tさんにふさわしいと納得したものだ。
