万札盗難事件
- 2016/03/03
- 00:00
海外出張に行く。
ホテルにチェックインする。
荷物を整理する。
同じホテルに連泊、特に3日以上の滞在のときは、特別にやることがあった。
それは、いつもやる癖のようなものだ。
自分の財布と小銭入れのなかの日本円を取り出す。
こちらでは用がないものだ。
用がある現地の貨幣だけを財布と小銭入れに入れておく。
日本の小銭は、持ってきた小さなビニール袋に入れる。
日本の札は、本の間に挟んでおく。
アメリカへの海外出張に泊まるホテルは、はじめの頃はダウンタウンのある程度名前の通ったホテルだった。
それは日本の旅行社が手配してくれたホテルだ。
あるとき、大学の先生と一緒に海外出張をした。
現地での合流だったが、同じホテルのほうがいいだろうということで、先生が予約したホテルを聞いて、僕もインターネットで予約を入れた。
それはダウンタウンの著名なホテルよりも安い。
連泊する場合は、さらに格安である。
しかもダウンタウンのホテルよりも広い。
ベッドルームが2つ、3つ或る場合もある。
そんなにベッドルームがあってもしようがないのだが、テレビは、ベッドルームの数だけある。
冷蔵庫もついている。
台所まである。
僕にはあっても意味がない装置であるが、あるときは同行した同僚は、料理好きで、4日間滞在の間、毎日食べられるくらいのシチューを作っていたものだ。
こうして、それ以来、僕は海外出張のときは、安くて、広くて、ゆったりのホテルに泊まるようになった。
どうせホテルでは夜、寝るくらいなので、全く問題はなかった。
そのときもカリフォルニアのその手のホテルに泊まっていた。
滞在すると、日本円を片付ける。
小銭入れは、ビニール袋に、札は万札が2枚だけだが、本の間に挟んだ。
滞在中は日本円を使う機会はない。
現地の貨幣もカードがどこでも使えるので、小銭と札を少しばかり持っていれば十分である。
だが、その滞在期間中に、使うはずのない日本円を使う必要がでてきた。
なぜ必要になったのかは定かに覚えてはいないが、日本円を現地の貨幣に換える必要があったのだと思う。
日本円を持って、邦銀に行ってドルに換えてもらおうとしていたのだろう。
そこで本の間に入れていた札を取り出す。
うん、だが、ない。
見つからない。確かに本の間に入れておいた万札がないのだ。
ないということは、盗られたのか。
昼間、外出しているときには、ベッドメイキングや掃除をする人は、マスターキーで自由に部屋の中に入ってくる。
ダウンタウンのホテルよりも、働いている人のモラルが低いのかもしれない。
でも証拠はない。
盗られたほうが悪いと言えば、確かにそうである。
そのときは、同行していた同僚に助けてもらって、必要だったお金のことには、対応できた。
でもなぜか、すっきりしない。
ホテルに帰ってきてから、廊下でみかけた、あのでっぷりとした体格のいい黒人の女性が犯人だろうか。
いや、白人の女性も働いていた。
誰かは分からないが、きっと引き出しのなかに入れておいた本を取り出して、抜き取ったのだろう。
結局、あんなところに入れておいた自分が悪いのだと、あきらめた。
だが、ここで日本円を盗っても、どうするのだろう。
銀行に行ってドルに交換するのだろうか。
それ以上は、考えることはやめた。
その出張から帰国して、何年か経ってからのことだ。
普段は開くことのない本を書棚から取り出した。
ページをめくっていくと、どうしたことだろう。
あの消えた万札があったのだ。
うん、どういうこっちゃ。
海外出張に行くときに、読む機会のない本を、読んでやろうと思って、鞄に入れたのだ。
日本で読まない本を海外に行ったからと言って、読むわけもないのだ。
その本は、日本を出てから、そのままページを開かれることもなく、日本からアメリカへ、そして再び日本へ、移動しただけだった。
いや、正確には、ホテルにチェックインした直後、気の迷いのように、一度だけ僕はその本を開いていたのだ。
本を読むのではなく、日本円をその間に入れるという目的のためにだ。
問題は、僕が札を入れたと思っていた本を別の本と勘違いしていたことである。
他の本の間に入れていたと思っていたのが、実は、この普段は全く目を通さない本の間に入れていたのだ。
無実の罪を着せた、ホテルで働いている女性には、謝らなければならない。
警察に訴えたわけでもなく、それで女性が被害を被ったわけではない。
女性は疑われたことも知らなかったのだが、僕としては、勘違いによる無実の罪をおわせた人たちには、お詫びしなければならない。
遠く日本からアメリカの空へ、深くお辞儀をした。

ホテルにチェックインする。
荷物を整理する。
同じホテルに連泊、特に3日以上の滞在のときは、特別にやることがあった。
それは、いつもやる癖のようなものだ。
自分の財布と小銭入れのなかの日本円を取り出す。
こちらでは用がないものだ。
用がある現地の貨幣だけを財布と小銭入れに入れておく。
日本の小銭は、持ってきた小さなビニール袋に入れる。
日本の札は、本の間に挟んでおく。
アメリカへの海外出張に泊まるホテルは、はじめの頃はダウンタウンのある程度名前の通ったホテルだった。
それは日本の旅行社が手配してくれたホテルだ。
あるとき、大学の先生と一緒に海外出張をした。
現地での合流だったが、同じホテルのほうがいいだろうということで、先生が予約したホテルを聞いて、僕もインターネットで予約を入れた。
それはダウンタウンの著名なホテルよりも安い。
連泊する場合は、さらに格安である。
しかもダウンタウンのホテルよりも広い。
ベッドルームが2つ、3つ或る場合もある。
そんなにベッドルームがあってもしようがないのだが、テレビは、ベッドルームの数だけある。
冷蔵庫もついている。
台所まである。
僕にはあっても意味がない装置であるが、あるときは同行した同僚は、料理好きで、4日間滞在の間、毎日食べられるくらいのシチューを作っていたものだ。
こうして、それ以来、僕は海外出張のときは、安くて、広くて、ゆったりのホテルに泊まるようになった。
どうせホテルでは夜、寝るくらいなので、全く問題はなかった。
そのときもカリフォルニアのその手のホテルに泊まっていた。
滞在すると、日本円を片付ける。
小銭入れは、ビニール袋に、札は万札が2枚だけだが、本の間に挟んだ。
滞在中は日本円を使う機会はない。
現地の貨幣もカードがどこでも使えるので、小銭と札を少しばかり持っていれば十分である。
だが、その滞在期間中に、使うはずのない日本円を使う必要がでてきた。
なぜ必要になったのかは定かに覚えてはいないが、日本円を現地の貨幣に換える必要があったのだと思う。
日本円を持って、邦銀に行ってドルに換えてもらおうとしていたのだろう。
そこで本の間に入れていた札を取り出す。
うん、だが、ない。
見つからない。確かに本の間に入れておいた万札がないのだ。
ないということは、盗られたのか。
昼間、外出しているときには、ベッドメイキングや掃除をする人は、マスターキーで自由に部屋の中に入ってくる。
ダウンタウンのホテルよりも、働いている人のモラルが低いのかもしれない。
でも証拠はない。
盗られたほうが悪いと言えば、確かにそうである。
そのときは、同行していた同僚に助けてもらって、必要だったお金のことには、対応できた。
でもなぜか、すっきりしない。
ホテルに帰ってきてから、廊下でみかけた、あのでっぷりとした体格のいい黒人の女性が犯人だろうか。
いや、白人の女性も働いていた。
誰かは分からないが、きっと引き出しのなかに入れておいた本を取り出して、抜き取ったのだろう。
結局、あんなところに入れておいた自分が悪いのだと、あきらめた。
だが、ここで日本円を盗っても、どうするのだろう。
銀行に行ってドルに交換するのだろうか。
それ以上は、考えることはやめた。
その出張から帰国して、何年か経ってからのことだ。
普段は開くことのない本を書棚から取り出した。
ページをめくっていくと、どうしたことだろう。
あの消えた万札があったのだ。
うん、どういうこっちゃ。
海外出張に行くときに、読む機会のない本を、読んでやろうと思って、鞄に入れたのだ。
日本で読まない本を海外に行ったからと言って、読むわけもないのだ。
その本は、日本を出てから、そのままページを開かれることもなく、日本からアメリカへ、そして再び日本へ、移動しただけだった。
いや、正確には、ホテルにチェックインした直後、気の迷いのように、一度だけ僕はその本を開いていたのだ。
本を読むのではなく、日本円をその間に入れるという目的のためにだ。
問題は、僕が札を入れたと思っていた本を別の本と勘違いしていたことである。
他の本の間に入れていたと思っていたのが、実は、この普段は全く目を通さない本の間に入れていたのだ。
無実の罪を着せた、ホテルで働いている女性には、謝らなければならない。
警察に訴えたわけでもなく、それで女性が被害を被ったわけではない。
女性は疑われたことも知らなかったのだが、僕としては、勘違いによる無実の罪をおわせた人たちには、お詫びしなければならない。
遠く日本からアメリカの空へ、深くお辞儀をした。
