広島へ行く(2)
- 2015/02/26
- 00:00
広島の街はこじんまりとまとまっている。
観光にいくにも、市内でたいていのものが済ませられる。
宮島まで行くと、少し離れるがそれでも、広島駅からは1時間もあれば、到着だ。
原爆ドームや記念館は、市内の中心にあると言ってもいい。
野球場は、新しくなって、広島駅の近くに作られたが、以前の市民球場は、市内の繁華街に近いところにあった。
ちょうど外野席の向こう側にNTT西日本のビルがあり、その昔は、そのビルから野球観戦ができたそうだ。
当時は、NTTが民間企業ではなかったからだろうか、勤務時間中、もちろん残業時間だが、野球観戦をしているという声があり、それからは、そのビルからの観戦はなくなったということだ。
新しい球場は、シートの種類にも寝そべって観戦できるところとか、外野席で外野の芝生と同じレベルから観戦できるところとか、いろいろなアイデアが採用され、斬新さでは、優れものだ。
市民球場のころは、トイレのひどさというと、天下一品だった。
男性トイレは、ガター形式の小便所だった。用をたすところが一列に並んで、仕切りがない、溝に向かって放水というタイプだ。
においは、トイレに入るときは、息を止めなければならないほどだった。
女性トイレもおそらく同じレベルだと思うが、あれではいくら熱心な広島ファンでも、特に女性ファンは球場に足を運ぶのに逡巡しただろう。
あの時代には、カープ女子はいなかったか、いても少数だったと思う。
球場に女性を呼ぶためには、まずトイレをきれいに、そして数を増やすことが一番である。
新しい球場は、さすがそのあたりも清潔になり、女性ファンも増え、常に多くのファンで球場は熱気に溢れている。
阪神ファンの僕としては、甲子園で迎えるファンの中で、一番強力なのが広島ファンである。しかも負けても、許そうと思うのが広島である。
もうひとつの好きな場所は、美術館である。
これも市内の中心地にある。
静かな場所であるが、僕は好きだ。
ひっそりとしているが、いつも秀逸な展示品が多い。
梅原龍三郎の絵を見た。
大きな絵だった。
しかも描いたのが80歳を越えてからということだった。
みならいたいものだ。
広島市民球場で見た阪神戦。
下柳が登板した日。試合前だ。

当時関本は44番だった。

金本は阪神に移籍して3年目だった。

ひろしま美術館


原爆ドームを平和公園から見る

観光の定番、宮島。

観光にいくにも、市内でたいていのものが済ませられる。
宮島まで行くと、少し離れるがそれでも、広島駅からは1時間もあれば、到着だ。
原爆ドームや記念館は、市内の中心にあると言ってもいい。
野球場は、新しくなって、広島駅の近くに作られたが、以前の市民球場は、市内の繁華街に近いところにあった。
ちょうど外野席の向こう側にNTT西日本のビルがあり、その昔は、そのビルから野球観戦ができたそうだ。
当時は、NTTが民間企業ではなかったからだろうか、勤務時間中、もちろん残業時間だが、野球観戦をしているという声があり、それからは、そのビルからの観戦はなくなったということだ。
新しい球場は、シートの種類にも寝そべって観戦できるところとか、外野席で外野の芝生と同じレベルから観戦できるところとか、いろいろなアイデアが採用され、斬新さでは、優れものだ。
市民球場のころは、トイレのひどさというと、天下一品だった。
男性トイレは、ガター形式の小便所だった。用をたすところが一列に並んで、仕切りがない、溝に向かって放水というタイプだ。
においは、トイレに入るときは、息を止めなければならないほどだった。
女性トイレもおそらく同じレベルだと思うが、あれではいくら熱心な広島ファンでも、特に女性ファンは球場に足を運ぶのに逡巡しただろう。
あの時代には、カープ女子はいなかったか、いても少数だったと思う。
球場に女性を呼ぶためには、まずトイレをきれいに、そして数を増やすことが一番である。
新しい球場は、さすがそのあたりも清潔になり、女性ファンも増え、常に多くのファンで球場は熱気に溢れている。
阪神ファンの僕としては、甲子園で迎えるファンの中で、一番強力なのが広島ファンである。しかも負けても、許そうと思うのが広島である。
もうひとつの好きな場所は、美術館である。
これも市内の中心地にある。
静かな場所であるが、僕は好きだ。
ひっそりとしているが、いつも秀逸な展示品が多い。
梅原龍三郎の絵を見た。
大きな絵だった。
しかも描いたのが80歳を越えてからということだった。
みならいたいものだ。
広島市民球場で見た阪神戦。
下柳が登板した日。試合前だ。

当時関本は44番だった。

金本は阪神に移籍して3年目だった。

ひろしま美術館


原爆ドームを平和公園から見る

観光の定番、宮島。
