年賀状で知ったこと
- 2017/01/02
- 00:00
年末には年賀状を書いているが、11月下旬ごろから、喪中欠礼の葉書が届く。
その葉書の多くは、年賀状のやりとりをしている方からのもので、ご両親や祖父母がお亡くなりになったというものだ。だが、たまに本人の身内からの連絡がある。
昨年も昔勤めていた製造業の同僚の奥さんから葉書をいただいた。
その方とは、私が転職をしてからお会いしたことがなく、30年以上はお会いしていなかったのであるが、毎年年賀状のやりとりだけがあった。
まるで年金の生存証明書を発送しているようなものだ。
それが昨年は、奥さんからいただいた葉書には、僕の昔の同僚だった方が春に、亡くなられたと書いてある。僕よりも年はかなり上だった。
奥さんからの葉書をみて、昨年いただいた年賀状を探してみた。
そこには、これで年賀状は最後にしますとある。
その頃から、体調を崩されていたのかもしれない。
僕のあて先リストのなかに、“逝去”と書いた人は、4人目である。
元旦に届いた年賀状の添え書きで驚いたことがあった。
それは僕の学生時代に同じクラブに在籍した人の訃報だった。
僕は学生時代の同じクラブのメンバー数名と、年賀状のやりとりをしていた。同じ学年のメンバーでは4人だけだ。そのうちの一人も、2年前に奥さんから喪中欠礼の連絡を受けている。昨年末に亡くなったメンバーとは、年賀状のやりとりがなかった。
訃報のことを年賀状に書いていたのは、クラブの後輩だった。その後輩とは高校も同じということもあり、年賀状のやりとりが続いていた。
亡くなった彼は、大学卒業後も企業で研究職を続け、40代になって、大学に教授として戻り、定年退官まで勤めあげた。大学教授であるので、WEBを調べれば、ある程度の情報は出てくる。
写真も見ることができる。
今、見ていると、最終講義の時の写真がある。
講義が終わり、花束を受け取っているところや、懇親会の様子が分かる。
写真を見ると、年齢よりも老けて見える。それは気のせいかもしれないが、昨年あたりは療養生活をしていたという。それは同期のメンバーの年賀状に書いてあったことだ。
同じクラブには、6人がいたはずだ。
このなかの2人がすでに亡くなってしまった。
亡くなった2人は、平均寿命を考えると、随分と短い人生だったと言える。
年の初めから暗いニュースであるが、二人には、きっともっとやりたいことがあったはずだ。
二人の分までというのは、おこがましいかもしれないが、二人の分までやらないといけない。
大還暦までとは言わないが、まだまだやることがある。
明るく、楽しく、前向きに。
あたまである。
これを忘れずに進んでいこう。

その葉書の多くは、年賀状のやりとりをしている方からのもので、ご両親や祖父母がお亡くなりになったというものだ。だが、たまに本人の身内からの連絡がある。
昨年も昔勤めていた製造業の同僚の奥さんから葉書をいただいた。
その方とは、私が転職をしてからお会いしたことがなく、30年以上はお会いしていなかったのであるが、毎年年賀状のやりとりだけがあった。
まるで年金の生存証明書を発送しているようなものだ。
それが昨年は、奥さんからいただいた葉書には、僕の昔の同僚だった方が春に、亡くなられたと書いてある。僕よりも年はかなり上だった。
奥さんからの葉書をみて、昨年いただいた年賀状を探してみた。
そこには、これで年賀状は最後にしますとある。
その頃から、体調を崩されていたのかもしれない。
僕のあて先リストのなかに、“逝去”と書いた人は、4人目である。
元旦に届いた年賀状の添え書きで驚いたことがあった。
それは僕の学生時代に同じクラブに在籍した人の訃報だった。
僕は学生時代の同じクラブのメンバー数名と、年賀状のやりとりをしていた。同じ学年のメンバーでは4人だけだ。そのうちの一人も、2年前に奥さんから喪中欠礼の連絡を受けている。昨年末に亡くなったメンバーとは、年賀状のやりとりがなかった。
訃報のことを年賀状に書いていたのは、クラブの後輩だった。その後輩とは高校も同じということもあり、年賀状のやりとりが続いていた。
亡くなった彼は、大学卒業後も企業で研究職を続け、40代になって、大学に教授として戻り、定年退官まで勤めあげた。大学教授であるので、WEBを調べれば、ある程度の情報は出てくる。
写真も見ることができる。
今、見ていると、最終講義の時の写真がある。
講義が終わり、花束を受け取っているところや、懇親会の様子が分かる。
写真を見ると、年齢よりも老けて見える。それは気のせいかもしれないが、昨年あたりは療養生活をしていたという。それは同期のメンバーの年賀状に書いてあったことだ。
同じクラブには、6人がいたはずだ。
このなかの2人がすでに亡くなってしまった。
亡くなった2人は、平均寿命を考えると、随分と短い人生だったと言える。
年の初めから暗いニュースであるが、二人には、きっともっとやりたいことがあったはずだ。
二人の分までというのは、おこがましいかもしれないが、二人の分までやらないといけない。
大還暦までとは言わないが、まだまだやることがある。
明るく、楽しく、前向きに。
あたまである。
これを忘れずに進んでいこう。
