盛岡にて(1)
- 2017/04/25
- 00:00
花巻空港に着いたのは、木曜日の昼過ぎである。
金曜日の講演会が本番であるが、朝から動けるように、前日入りした。これは年2回の東北での講演会では毎度取っているやりかただ。
今回は、飛行機をできるだけ安くしたいということもあり、大阪空港午前発の便にした。
ホテル代込みの飛行機往復で、結構安く購入できた。
翌日の朝、大阪から来た人の飛行機代が、ホテル代込みの僕の費用よりも、わずかではあるが高かった。
旅行の費用というのは、買い方によって、これほどまでに変わるものだ、ということを改めて実感した。
天気は、快晴とは言えないが、晴れである。
出発前に、岩手は大阪に比べて、寒いのではないかと気にしたのだが、気温だけを見ると、一日のうちの最高気温が数度低く、最低気温は、5度以上低かった。
きっと朝晩は冷えるのだろうと解釈して、コートはなしにした。
この時期、関西でコートを着て、家を出るのは、東北に行くと言っても、なぜか抵抗がある。
飛行機が花巻空港に着き、待合室につながる通路に入った瞬間、やはり東北は寒いという感覚があった。
それでもコートなしで我慢出来ないと言う程ではない。
盛岡市内行きのバスがすでに待っている。
バスに乗り込む。
そこそこ混んでいるが、二人席を一人で座っても問題ない程度だ。
しばらく走ると、雪が残る岩手山が目に入ってくる。
盛岡にいるときは、いつも岩手山が視界にある。
岩手山が人々を見守っている感じがする。
1時間もかからずに、盛岡駅前に到着する。
見なれた景色である。
一番最近、盛岡を訪れたのは、3年前の秋だったと思う。
あのときは、学会と講演会が連続してあり、数日滞在していた。
初めて盛岡を訪れたときは、暗いイメージが僕のなかにあった。
それはきっと訪れる前に、読んだ小説の中のシーンが記憶のなかに残っていたせいだと思う。推理小説作家の島田荘司さんの「涙流れるままに」という本だった。
「涙流れるままに」は、僕の中では、ローリングストーンズの歌、「As Tears Go By」という悲しいバラードにつながるのだが、そのイメージも重なって、盛岡は暗い街になっていた。
ところが、何度か訪れるうちに、街のイメージが変わっていく。
それは、北陸の金沢でも同じようなことがあった。
なんどか盛岡のホテルに泊まっているだが、宿泊している間隔が2年以上離れている。
ホテルを予約するときに、前に泊まったホテルの名前が残っていない。古い手帳を引っ張り出せば、ホテルの名前は分かるのだが、それもやらない。
その繰り返しなので、毎回ホテルが変わっていく。
盛岡駅前から、今回予約をいれたホテルに向かって、コロコロを引きながら、歩いていく。
徒歩で10分はかからない。開運橋という橋を渡って、しばらく行くとホテルだ。
開運橋からも岩手山が見える。
後で岩手の人から、ここから見える岩手山の姿は、10本の指に入ると言われた。
その話を聞く前だったが、開運橋を渡りながら、これはいい景色だと思った。
荷物を橋の欄干に立てかけて、写真を撮ることにする。
今回は、かなりの写真を撮ることになりそうだ。
花巻空港に到着。

バスの中から見える岩手山。まだバスは高速道路を走行中。

盛岡駅に着く直前にバスの中から見える岩手山。

開運橋から見える岩手山。
どうも写真のなかの岩手山の構図がピンとこない。
ただ人が横を歩くなかで、落ち着いてシャッターを何度も切るのは、憚れるような気がして、すぐにその場を立ち去ってしまった。
この3日間のなかで、また来る機会もあるだろう。

金曜日の講演会が本番であるが、朝から動けるように、前日入りした。これは年2回の東北での講演会では毎度取っているやりかただ。
今回は、飛行機をできるだけ安くしたいということもあり、大阪空港午前発の便にした。
ホテル代込みの飛行機往復で、結構安く購入できた。
翌日の朝、大阪から来た人の飛行機代が、ホテル代込みの僕の費用よりも、わずかではあるが高かった。
旅行の費用というのは、買い方によって、これほどまでに変わるものだ、ということを改めて実感した。
天気は、快晴とは言えないが、晴れである。
出発前に、岩手は大阪に比べて、寒いのではないかと気にしたのだが、気温だけを見ると、一日のうちの最高気温が数度低く、最低気温は、5度以上低かった。
きっと朝晩は冷えるのだろうと解釈して、コートはなしにした。
この時期、関西でコートを着て、家を出るのは、東北に行くと言っても、なぜか抵抗がある。
飛行機が花巻空港に着き、待合室につながる通路に入った瞬間、やはり東北は寒いという感覚があった。
それでもコートなしで我慢出来ないと言う程ではない。
盛岡市内行きのバスがすでに待っている。
バスに乗り込む。
そこそこ混んでいるが、二人席を一人で座っても問題ない程度だ。
しばらく走ると、雪が残る岩手山が目に入ってくる。
盛岡にいるときは、いつも岩手山が視界にある。
岩手山が人々を見守っている感じがする。
1時間もかからずに、盛岡駅前に到着する。
見なれた景色である。
一番最近、盛岡を訪れたのは、3年前の秋だったと思う。
あのときは、学会と講演会が連続してあり、数日滞在していた。
初めて盛岡を訪れたときは、暗いイメージが僕のなかにあった。
それはきっと訪れる前に、読んだ小説の中のシーンが記憶のなかに残っていたせいだと思う。推理小説作家の島田荘司さんの「涙流れるままに」という本だった。
「涙流れるままに」は、僕の中では、ローリングストーンズの歌、「As Tears Go By」という悲しいバラードにつながるのだが、そのイメージも重なって、盛岡は暗い街になっていた。
ところが、何度か訪れるうちに、街のイメージが変わっていく。
それは、北陸の金沢でも同じようなことがあった。
なんどか盛岡のホテルに泊まっているだが、宿泊している間隔が2年以上離れている。
ホテルを予約するときに、前に泊まったホテルの名前が残っていない。古い手帳を引っ張り出せば、ホテルの名前は分かるのだが、それもやらない。
その繰り返しなので、毎回ホテルが変わっていく。
盛岡駅前から、今回予約をいれたホテルに向かって、コロコロを引きながら、歩いていく。
徒歩で10分はかからない。開運橋という橋を渡って、しばらく行くとホテルだ。
開運橋からも岩手山が見える。
後で岩手の人から、ここから見える岩手山の姿は、10本の指に入ると言われた。
その話を聞く前だったが、開運橋を渡りながら、これはいい景色だと思った。
荷物を橋の欄干に立てかけて、写真を撮ることにする。
今回は、かなりの写真を撮ることになりそうだ。
花巻空港に到着。

バスの中から見える岩手山。まだバスは高速道路を走行中。

盛岡駅に着く直前にバスの中から見える岩手山。

開運橋から見える岩手山。
どうも写真のなかの岩手山の構図がピンとこない。
ただ人が横を歩くなかで、落ち着いてシャッターを何度も切るのは、憚れるような気がして、すぐにその場を立ち去ってしまった。
この3日間のなかで、また来る機会もあるだろう。
