甲子園球場の出来事
- 2018/11/19
- 00:00
ある時期、甲子園球場の年間指定席を持っていたことがある。
年間指定席に座ると、同じように席を持っている人と、話はしなくても、ああ、今日も来てはるとか、顔をしばらく見ないと、どうしたんだろうと、体調を気遣ったりすることもある。
年間指定席は、大抵は2席以上を購入する。
行く相手は違っていても、一人で行くのはなく、誰かを誘うわけだ。自分が行けないときでも、それを知り合いに譲る場合は、2席分のチケットを渡す方が、もらったほうも、ほな、あいつと行こうかということになる。
それでも、いつも一人で来る人がいた。
その席は、通路側にある。出入りが楽だ。
僕が姿を見るときは、試合の始まる直前に来ていることが多い。
試合が終わるとさっと帰るようだ。
まだ若い。せいぜい30代半ばか。独身のようだ。
彼は、本当に阪神タイガースが好きで、一人で球場にやってきてはしっかりと応援して帰っていくのだ。
そのタイガース愛には、頭が下がるのであるが、それでも友達もいないんだと、心配することもある。
彼にとっては、まさに余計な心配であることは確かだ。
個人で購入している人もいるが、会社で購入している席もある。むしろそのほうが多いだろう。
年間シートは椅子の背中に名前を入れることができるのだが、会社の場合は、株式会社〇〇とか、△△商店とか、宣伝用だ。
会社席の場合は、会社のなかで順番にチケットの使用権が回ってくるのだろう。毎回来る人が変わる。
ただ大体同じメンバー、グループで回っているので、何試合か毎に、同じグループを見ることになる。
その会社席に、恰幅のいい、役職で言えば、部長さんだろうか、男性が座っている。
その横の席には、どう見ても奥さんではない女性がいる。
会社の同僚とか部下と言う雰囲気ではない。飲み屋のお姉さんを誘ってきたということだろう。
その二人の後ろの席には、大阪のおばちゃんが二人、でんと座っている。
おばちゃんたちは、前の席の二人の関係に興味深々だ。
でも、おおよそのあたりはつけている。
試合前の少しのんびりした時間だ。
練習を終えて、ベンチに引き揚げるひいきの選手を一通り見終えると、時間がある。
二人は、前の二人を見ながら、お互いにやにやしている。
話し始める。
おばちゃんの声は大きい。前の二人にしっかり聞こえるように話し始める。
「このあたり、ようテレビに写るやろ」
「そうや、この前も、うちテレビ中継に写ってたらしいわ。家に帰ったら、うちの子が見たでって言っとった」
「ほんまかいな。左バッターのファウルは、この辺によう飛んでくるからな。そのときに写るんやろか」
そこは、三塁側のスタンドである。
「ファウルじゃなくても、右バッターのときは、一塁側のカメラからバッターを写すやろ。そのときは、しょっちゅう写るで」
実際は、それほど見えるわけではない。
たとえカメラアングルに入ったとしても、カメラが狙っているのは、バッターであって、スタンドの観客ではない。
よほど応援スタイルがユニークだとか、バッターボックスの選手の応援パネルを持っているとか、そういうときでないとアップで写ることはない。
大勢の中の一人、二人が一瞬写ったとしても、録画してスロー再生でもしない限り、これはあいつだ、と特定することは不可能である。
だが、大阪のおばちゃんは、話が大げさだ。
「そやさかい、顔が指す人は、気いつけんといかんな」
「そやそや、ぼうっと見とったら、明日、テレビで見ましたで、って言われるわ。どこのだれが見てるか、分からんからな」
それから、前のシートの部長さん、試合が始まっても、グランドを見ずに、ひたすら顔を下に向けていたそうだ。
おそるべし、大阪のおばちゃんパワー。

年間指定席に座ると、同じように席を持っている人と、話はしなくても、ああ、今日も来てはるとか、顔をしばらく見ないと、どうしたんだろうと、体調を気遣ったりすることもある。
年間指定席は、大抵は2席以上を購入する。
行く相手は違っていても、一人で行くのはなく、誰かを誘うわけだ。自分が行けないときでも、それを知り合いに譲る場合は、2席分のチケットを渡す方が、もらったほうも、ほな、あいつと行こうかということになる。
それでも、いつも一人で来る人がいた。
その席は、通路側にある。出入りが楽だ。
僕が姿を見るときは、試合の始まる直前に来ていることが多い。
試合が終わるとさっと帰るようだ。
まだ若い。せいぜい30代半ばか。独身のようだ。
彼は、本当に阪神タイガースが好きで、一人で球場にやってきてはしっかりと応援して帰っていくのだ。
そのタイガース愛には、頭が下がるのであるが、それでも友達もいないんだと、心配することもある。
彼にとっては、まさに余計な心配であることは確かだ。
個人で購入している人もいるが、会社で購入している席もある。むしろそのほうが多いだろう。
年間シートは椅子の背中に名前を入れることができるのだが、会社の場合は、株式会社〇〇とか、△△商店とか、宣伝用だ。
会社席の場合は、会社のなかで順番にチケットの使用権が回ってくるのだろう。毎回来る人が変わる。
ただ大体同じメンバー、グループで回っているので、何試合か毎に、同じグループを見ることになる。
その会社席に、恰幅のいい、役職で言えば、部長さんだろうか、男性が座っている。
その横の席には、どう見ても奥さんではない女性がいる。
会社の同僚とか部下と言う雰囲気ではない。飲み屋のお姉さんを誘ってきたということだろう。
その二人の後ろの席には、大阪のおばちゃんが二人、でんと座っている。
おばちゃんたちは、前の席の二人の関係に興味深々だ。
でも、おおよそのあたりはつけている。
試合前の少しのんびりした時間だ。
練習を終えて、ベンチに引き揚げるひいきの選手を一通り見終えると、時間がある。
二人は、前の二人を見ながら、お互いにやにやしている。
話し始める。
おばちゃんの声は大きい。前の二人にしっかり聞こえるように話し始める。
「このあたり、ようテレビに写るやろ」
「そうや、この前も、うちテレビ中継に写ってたらしいわ。家に帰ったら、うちの子が見たでって言っとった」
「ほんまかいな。左バッターのファウルは、この辺によう飛んでくるからな。そのときに写るんやろか」
そこは、三塁側のスタンドである。
「ファウルじゃなくても、右バッターのときは、一塁側のカメラからバッターを写すやろ。そのときは、しょっちゅう写るで」
実際は、それほど見えるわけではない。
たとえカメラアングルに入ったとしても、カメラが狙っているのは、バッターであって、スタンドの観客ではない。
よほど応援スタイルがユニークだとか、バッターボックスの選手の応援パネルを持っているとか、そういうときでないとアップで写ることはない。
大勢の中の一人、二人が一瞬写ったとしても、録画してスロー再生でもしない限り、これはあいつだ、と特定することは不可能である。
だが、大阪のおばちゃんは、話が大げさだ。
「そやさかい、顔が指す人は、気いつけんといかんな」
「そやそや、ぼうっと見とったら、明日、テレビで見ましたで、って言われるわ。どこのだれが見てるか、分からんからな」
それから、前のシートの部長さん、試合が始まっても、グランドを見ずに、ひたすら顔を下に向けていたそうだ。
おそるべし、大阪のおばちゃんパワー。
